紅月千里のホラーな話し

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結婚して旦那親戚の持ち家に引っ越したら幽霊屋敷でした。旦那親戚の持ち家

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よくあるじゃないか。
家に入った瞬間に視線を感じたとか、寒気を感じたとか。

 

私がその家を見た第一印象は「汚い家だな、こんなところに住むのか・・・」という不快感だった。

 

私は当時32歳。恥ずかしながらできちゃった結婚をしようとしており、その日は丁度いい物件を彼の叔母が持っているから見にいこうと言われて出かけていた。

 

早く家を見つけて落ち着きたいという気持ちもあり、新生活への期待も夢もある程度持ち合わせている結婚間近の女性だった。

 

築30年の木造適当建設。古さが悪い意味で家の外観にも内観にも現れている家がそんな淡い夢を粉砕した。

 

そんな私の表情に気付くこともなく彼と彼の両親と親戚のおばちゃん(家主)はニコニコしていた。

 

私はどうにでも取れる微妙な表情を浮かべつつ、非常に申し訳ないのだが、よくこんな古い家に住めと堂々と勧められるなと思った。自分だったら「無理して住まなくてもいいよ、古いし汚いし」と逆に申し訳ない気持ちになりそうなもんなのだが、彼らはめっちゃ自信満々にいい物件でしょう?って推してくる。

 

マジで意味わからん。
断りたい。心底断りたい。


いや普通ならいつもの私なら断る。

だか断れない理由があった。

 

一つは私が妊娠していて夫となるであろう彼の稼ぎのみで生活していかなければならないということ。とても給料が低いという訳ではないが、収入面で不自由しないというほど多い訳ではない。単純に私の稼ぎと夫になる彼の稼ぎはほぼ同じ金額。それで暮らしていた二人が、これからは夫一人の給料でしばらく暮らしていかなければならないことが不安だった。家賃は毎月確実に出ていくお金だ。低ければ低いに越したことはない。

 

そしてさらに私が猫を多頭飼育していることが更に難易度をあげていた。猫を8匹飼育している私にOKしてくれる物件などそもそも存在しない。

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彼の母が熱く語る。「この家は日当たりもとてもいいし、市の中心地で便利もいい。何かあれば隣に住んでる私たちがいつでもサポートできるし安心して子育てできるわよ♪」

 

確かに日当たりはいい。1年後にでかいマンションが立って真っ暗になってしまうのだが、その時の私はそんなこと知る術もない。

 

そして繰り返すが、私には選択肢がない。

腹を括れ、私。

 

出産後落ち着いたら仕事に復帰できるし、そしたら生活に余裕ができる。生活に余裕ができればゆっくり新しい住処を探せばいい。もしかしたら自宅を建てることだってできるかもしれない。そしたら猫の多頭飼育など問題ではない。

 

ならば私ができることは、ここで要らぬ波風を立てずにうまくやって行くことだ。私はニコニコと将来の義母と叔母になるであろう方々と「そうですね~!便利そうですね~」と相槌を打った。

 

中の様子を確認するために私は玄関から靴のまま家に上がった。足元が資材や釘が散乱していて危ないのだ。和室を洋室にリフォームしている部屋に一歩踏み入れた瞬間。

 

ひそひそ。
ひそひそ。

人の囁き声が唐突に耳に入った。
声の感じからして女性の声だ。

 

何を言っているのかは内容までは解らない。かといって気のせいと思えるほど微かでもなく、結構聞こえるのである。

 

言っておくけど、私には霊の声が聞こえるほどの霊感はない。霊感ゼロというほどゼロではないが、普通にしていて見えたり聞こえたりするほどの素養はない。しかし明らかにひそひそと話す声が聞こえるのだ。

 

彼母か?彼の伯母か?


いやいや彼女らは大声で先ほどから私に話しかけている。そもそもひそひそ声は壁一枚隔てた部屋の向こうから聞こえてくる。たくさんの人が声を潜めているにも関わらず、わざと聞こえるように話している。そんな雰囲気だった。

 

私は彼に言った。
「人の話し声が聞こえるんだけど」

彼は何を言ってるのか私の意図を掴み損ねているようだ。キョトンとして「何?」と返してきた。

 

「この家、人の話し声がする。特に女の人の声が聞こえるけど、それだけじゃなくてたくさんの人の声がするんだけど」と彼にもう一度言ってみる。だが彼の返答は予想通りのものだった。

「近所の人の話し声じゃない?」

 

彼にも、彼の両親にも、彼の叔母にも何も聞こえていなかった。

 

私も初めての経験に、これ以上彼らにどう訴えていけばいいのか判らず困った。

 

これ以上声が聞こえるなんて言ったら、彼の嫁になるやつは頭のおかしい女と思われかねない。妊娠中で神経質になっていると思われるのも不本意だ。

 

これから新しく家族になろうかという時に嫁がイカれてるとか神経質とか思われるのは、今後の関係を築いて行くのに全くよろしくない。

 

そして忘れてはいけない。猫の多頭飼育できる物件など無いのだから選択の余地はないのだ。私にとっては今飼っている猫たちと一緒に暮らせること、そしてお腹の中にいる赤ちゃんのために住まいを確保することが一番大切なのだ。

 

とはいえ心の片隅に、これから子供を産み育てる家が誰かの声が聞こえる家で本当に大丈夫だろうかと疑問がよぎった。

 

「この家は兄貴が生まれた時に親父が建てた家なんだよ」

夫が心持ち懐かしさを滲ませて言った。

「親父たちが今の家に住み出してからは、兄貴と2人で住んでたんだ。兄貴が結婚してからは一人で住むのも何だから、他の人に貸していたんだけど、またここに住むことになるんだな」

 

私に向かって話したようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもあった。

 

と言うことは、この家は事故物件ではない。

 

彼の両親も兄弟も住んでいたのだから、この家に取り憑いているというわけではないのだろう。たまたま私にくっついてきただけで、そのうち声とか聞こえなくなるんだろう。

 

「そうだね・・・」
私はどうにでも取れるような曖昧な相槌を打った。

 

私はどこからか微かに聞こえてくる囁き声を聞きながら、それを無害と判断し、それ以上何も言わず彼の親戚の持ち家に住む覚悟を決めたのだった。